KEIICHIRO SHIBUYA (渋谷慶一郎) の『For Maria』。2002年に音楽レーベル ATAK を発足させて以来、一貫してテクノロジーと音楽の関係を探求してきた音楽家である渋谷慶一郎、初のピアノ・ソロ・アルバム。全14曲、64分。自身が作曲、演奏したピアノ・ソロによる完全アコースティックのアルバム。2年7ヶ月ぶりのフル・アルバム。

渋谷慶一郎がこのアルバムで徹底的にフォーカスしたのが、シンプルな構成だが楽曲としての高い精度を維持しつつも、かつてない音響的な解像度を同時に実現するという2つの異なった層が絡み合った、まったく新しい次元のピアノ・アルバムを作るということ。レコーディングはコンサートホールを貸し切り、渋谷がライブなどで愛用するベーゼンドルファーに、メインとアンビエンスにたった2本ずつのマイクを精緻にセッティングし、ピアノの弦の軋みやタッチ・ノイズまでを完璧に収録するDSDレコーディングで行った。DSDは非常に高解像度な録音を可能にするSACD (スーパーオーディオCD) の規格であり、その第一人者であるオノセイゲンによって録られたピアノの音は、DSDデータのまま編集、ミックス、マスタリングされた。つまり写真でいうRAWデータのまま編集、ミックス、マスタリングが行われ最後にCDになったわけだが結果的に、CDで再生されるこのピアノの演奏は、まるでそこで弾いているかのように瑞々しくリアルに響く。同時に、コンピュータ音楽では触れてこなかったメロディやコードを含んだ楽曲は、驚くほどシンプルで、美しく、さまざまな微細で豊かな感情を喚起させる。この大きな変化は、昨年、公私ともにパートナーであった妻のマリアを亡くすという深く大きい悲しみを、渋谷自身が経験しているからとも言える。